日本が好きなだけなんだよ

Category : 狙われた皇室

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ユダヤが日本の皇室を狙う理由

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現在のアメリカと日本のメディアは、少数民族による多数の他民族の支配を可能にするアイテムとして活用されており、テレビ、新聞、ラジオ、時には映画なども巧妙なプロパガンダの道具として、制作者側の情報の巧みなコントロールによって、民主制国家を動かしていると自分は考えている。

アメリカにおける少数民族はアシュケナジー系ユダヤ人であり、日本における少数民族は朝鮮人だが、アメリカにおけるユダヤ人批判、イスラエル批判はマスコミのタブーであり、それと同様に、日本での朝鮮人批判、韓国批判もマスコミのタブーとなっている。どちらも嘘で自分達の歴史を塗り固めており、批判や分析をされるとすぐにボロが出てしまうので、マスコミの支配は彼らにとっては死活問題であり、支配原理の根幹でもあるようだ。

アシュケナジー系ユダヤ人がヨーロッパ起源のハザール人の末裔であることが大々的に知れ渡り、彼らが中東に居座る権利がないことが公に知られれば、なぜアメリカが軍を動員してイスラエルを守らなければならないのか、という声が当然起こってくる。ただでさえ脆弱な基盤のイスラエルの建国の大儀が疑問視されるわけで、多くの大衆には、アシュケナジー系ユダヤ人=旧約聖書に出てくるヘブライ人の末裔と誤解させておく必要がある。

以前、ブログのコメント欄になぜユダヤが日本の皇室を狙うのか教えて欲しい旨の書き込みがあったが、簡単に書くと、日本人が旧約聖書のヘブライ人の末裔の最有力候補であり、万世一系の皇室の存在は、旧約聖書に書かれている「神はダビデの王位を永遠に保つ」という神の契約の動かぬ証拠だと推測されるからである。もし日本人が本物のユダヤ人(旧約聖書のヘブライ人の末裔)であることが証明されれば、アシュケナジー系ユダヤ人が中東の土地を奪って建国したイスラエルの正当性も同時に瓦解するわけで、アメリカを支配しているユダヤ国際資本の支配者層からすれば、目障りな日本を早目に滅ぼしてしまって、イスラエルが本物のユダヤ国家として取って代わりたいというのが本音なのではないだろうかと思う。

多くの日本人が忘れていることだが、我々が知る日本は、大和朝日本、もしく神武朝日本ともいうべき国家であり、皇室の男系継承が終わればその時点で大和朝日本は滅亡してしまう。民主党の国会議員が一匹残らず死んでも、いや日本国政府が解体しても、天皇陛下がいる限り日本は滅亡することはないが、天皇陛下と正統な皇位継承者が存在しなくなれば、日本は滅亡するといっても過言ではないだろう。

日本の皇室で素行不良で騒ぎを起こしている雅子妃は、学歴ロンダリングのコネ入学とはいえ、ハーバード大学の卒業生であるが、ハーバード大学というのは、アシュケナジー系ユダヤ人や、ユダヤ国際資本の手先になる人間を教育するための大学であり、学歴から見れば、雅子妃はまぎれもなくユダヤの手先に該当するわけである。実際の雅子妃のとんでもない行動を見てみると、手先というよりは素のキチガイにしか見えないが、雅子妃と愛子内親王がいる限り、今後も女性宮家やら愛子天皇やらの論議が何度と無く蒸し返されるに違いない。

愛子天皇を女性天皇と置き換えて、怪しい世論調査などで巧妙にミスリードする売国奴は尽きないが、問題が多すぎる愛子天皇そのものを支持する国民は少数派だと信じたい。しかし、例え愛子天皇実現の芽がなくとも、東宮という火種そのものは燻ぶり続けるわけで、完全に火種を消火するまでは、油断も隙も無いというのが自分の感想である。

アシュケナジー系ユダヤ人の問題を抜きにしても、日本が本当のイスラエルだと仮定した場合、いわゆる悪魔的な勢力が日本をあらゆる手段で侵食し、神の選民を堕落させ、自分達の陣営に引き込もうとすることは十分考えられることである。悪魔的勢力=反日ユダヤ朝鮮勢力=反日左翼という等式がほぼ成り立つ理由は、彼らが例外なく外国の手先であるからだろう。いわゆるアメポチや似非保守と呼ばれる人間達も、結局は外国の手先という範疇に収まる日本人であり、広い意味での悪魔的勢力の手先と言えるのかもしれない。

はなはだ旧約聖書的な物言いになってしまうが、神の御意志を守り、神の契約を守ろうとする人間が神の側の人間であり、神の契約をなんとか破らせようとする人間が悪魔の側の人間だと考えると、別の視点から皇統問題を考えることも可能である。この場合の神の契約とは「神はダビデの王位を永遠に保つ」ということであり、すなわち万世一系の皇統の保持のことである。マスコミや官僚は皇統の維持には消極的であり、むしろ隙あらばこれを断絶させようと狙っている。マスコミはもちろん、言うまでもなく、彼らが悪魔の側の人間であることの証明でもあり、そう考えると彼らの行動パターンもかなりの確率で予測出来るというものである。

旧約聖書を持ち出さなくても、天皇家による日本の統治は、神道の最高神である天照大神の神勅(天壌無窮の神勅)によって定められたものであり、125代に渡って皇統が存続し、守られてきたのは決して偶然ではないだろう。旧約聖書的な見方にせよ、神道的な見方にせよ、外国的な価値観を入れて日本の伝統的な皇統を破壊しようとする連中は、少なくとも神の御意志に沿う連中ではなく、むしろ妨害者と言っても過言ではない。つまりは神の敵であり、神の敵は悪魔ということになる。

自分はイスラム教の過激派や、中世の魔女裁判でのキチガイ神父のように、気に入らない奴を神の敵だといって糾弾することはナンセンスだと思っているが、日本の万世一系のように、神の御意志の動かぬ証拠が存在している場合は別だと思っている。そういう理屈からすると、プロパガンダ漫画家で、女系天皇推進論者の我らが愛すべき小林よしのり氏も、この場でめでたく晴れて神の敵認定をされるわけだが、神罰が下る以前に、最近ではさっぱり著作が売れなくなり、鳴かず飛ばずの状態が続いているらしく、分かりやすい没落モデルの一つとなりそうである。

清水馨八郎氏の著作「大東亜戦争の正体」の第八章『日本の強さを支える五つの「文明力」』の中で、二番目に天皇についての記述がある。

(2)天皇力

天皇家と国民を結びつける「血のつながり」

戦前の日本人に、日本の国体とは何かと問うと、即座に「万世一系の天子の国」と素直に答えた。元旦には「一系の天子、富士の山」と口ずさんで、平和な天皇の国に生まれたことを感謝したものだ。

この世界に比類ない国柄は、神代から続く伝統を保持しようとする皇室の努力と、これを絶対に守り育ててきた日本民族の尊い知恵の成果であった。皇室の繁栄はそのまま国民の繁栄で、皇室の慶事には、国民は我がことのように慶賀してきた。天皇制を理解することは、日本文化の神髄を理解することに通ずるからである。

天皇のいない日本は、日本ではない。天皇は、日本国の象徴であり、国民統合の象徴で元首なのである。これは古代から現代まで一貫している。この統合性と連続性こそ、日本の天皇制の特色である。だから天皇制を無視して、これに触れない日本論は信ずるわけにはいかない。それは虚構の論に終わるからである。

なぜ皇室は皇統連綿として百二十五代、二六七一年も絶えることなく続いてきたのであろうか。それは共産党が侮辱して呼称してきた「天皇制」というような制度ではなく、民族の中に自然に育まれた国柄という「文化」だったからである。特定の実力者が創り上げた制度ならば、別の野心家によって何度も変革されていたはずである。この皇道は、神道の発生と同根で、民族がこの風土から学びとった「惟神の道(かんながらのみち)」と見ることができる。国民は伊勢神宮や各地の氏神様を畏敬を以って何千年も維持してきたように、皇室に反逆するなど考えられず、親愛の情を以って守り続けてきたものである。

皇室と国民の関係は本家と分家、君民一体の絆は、親と子の血で結ばれているのと同じである。一般国民は天皇との関係を理論的に知らなくとも、天皇の御前に立つと、ジーンと血がざわめき、感動を覚える。それは、天皇の血と、私たちの血が同一の起源から発し、常に共鳴するからである。これを実証するには、次のように考えればすぐ分かる。

一人の人間を生むためには、二人の親が必要、二代目は四人の祖父母、10代前までの親の数は1000人台に、二〇代前では100万人台に、30代前では早くも十四億人に達する。ネズミ算の逆算である。ところが百二十四代前の神武天皇の昔から、国土に生きてきた人の数は、四、五億人と推計されている。だから実際は相互の親を何度も何度も共有し、親戚同士でなければ数が合わない。

日本は島国で3000年来、異民族の大量渡来もなく、侵略されることもなく、完全封鎖、鎖国社会で、純粋培養、相互に血がつながりあって形成されてきた。だから天皇家を本家とする家族国会になるのは当然だったのである。誰でもどこかで天皇家とぶつからねば、自己は存在しなかったのである。

歴史上、源氏と平氏とは宿命のライバルの家柄だと教えられてきたが、元を質せば、平氏は桓武平氏(五十代桓武天皇)、源氏は清和源氏(五十六代清和天皇)と言われるように、数代前の祖先はともに天皇家から枝分かれしている。

かくして天皇の血と国民の血は同じだから、日本人は皆、同じような顔をして、「己の中に天皇を観て」暮らしているのである。だから国民は意識しなくとも、天皇に近づくと血が共鳴し、親愛と感動を覚える。君が代が栄え永続することは、国民が皆栄えつづけることとまったく同じだったのである。




大東亜戦争の敗戦後、日本列島に天皇陛下を否定しようとする反日左翼なる奇妙な生命体が増殖したが、本来、日本人は連綿として皇室を尊び、守ってきた遺伝子を持っており、またそのような文化の中で生まれ育ってきた民族である。そういった遺伝子や民族的な集合的無意識を捨て去ってまで、反日ユダヤ朝鮮勢力に媚を売り、日本の根幹である万世一系の皇統を脅かそうとする日本人は、何かのたちの悪い熱病にでも浮かされているようにしか見えない。

小林よしのりはもう手遅れだが、女性宮家設立などを企む女系天皇論者は、神の御意志に逆らわず、日本人としての本分を取り戻し、悠仁親王殿下を奉じたてまつり、後世に汚点を残さないように希望する次第である。

余談になるが、日本の国歌である君が代はヘブライ語でも読めるそうで、ヘブライ語で読むと次のような意味になるらしい。

参考サイト
http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=28


【日本語】     
君が代は

【ヘブライ語】       
クム・ガ・ヨワ 

【語訳】
立ち上がって神を称えよ


【日本語】
千代に八千代に 

【ヘブライ語】
チヨニ・ヤ・チヨニ

【語訳】
神に選ばれしシオンの民よ


【日本語】
細石の   

【ヘブライ語】
サザレ・イシィノ 

【語訳】
残りの民として喜べ


【日本語】
巌となりて

【ヘブライ語】
イワ・オト・ナリテ    

【語訳】
神の預言が成就した


【日本語】
苔の生すまで 

【ヘブライ語】
コカノ・ムシューマッテ

【語訳】
全地あまねく宣べ伝えよ



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皇太子一家の行く手を阻む“徳”の字の呪い

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日本の歴史の中で、聖徳太子、孝徳、称徳、文徳、崇徳、安徳、順徳天皇などの諡号(名前)に「徳」の字が付く天皇または太子は、不遇な死を迎えているケースが多い(半ば伝説上の存在である仁徳天皇などについては不明)

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生まれながらに名前に“徳”の字を持つ皇太子徳仁親王

聖徳太子

推古天皇の御代に皇太子及び摂政になった。数々の伝説や業績を残したが、結局天皇にはなれなかった。622年に斑鳩宮で倒れて2月22日に亡くなったが、太子のお妃がその一日前になくなっていることから暗殺説も存在している。聖徳太子という名は死後におくられた諡号で、生前時は厩戸皇子と呼ばれていた。太子の死後、その皇子である山背大兄王は一族もろとも蘇我入鹿によって滅ぼされている。

孝徳天皇


大化の改新後に即位した天皇。史上初めて元号を定め、大化元年から翌年にかけて各分野で制度改革を行なった。中大兄皇子を皇太子とした。孝徳天皇は大化元年12月9日(646年1月1日)に都を難波宮に移したが、それに反対する皇太子の中大兄皇子は白雉4年(653年)に都を倭京に戻す事を求めた。

孝徳天皇がこれを聞き入れなかったため、中大兄は勝手に倭京に移り、皇族達やほとんどの臣下達も中大兄に従って倭京に戻ってしまった。孝徳天皇の皇后である間人皇女でさえも、兄の中大兄に従って倭京に戻ってしまった。失意の中、孝徳天皇は白雉5年10月10日(654年11月24日)に崩御した。孝徳天皇の皇子である有馬皇子は、658年、中大兄皇子によって謀反の疑いで絞首刑に処された。

称徳天皇

764年、孝謙上皇が淳仁天皇を廃して重祚。これ以降は称徳天皇と呼ばれる。女帝。元は聖武天皇の内親王。道鏡の専横を許し、769年、皇位を道鏡に譲ろうとしたが、和気清麻呂に阻まれて失敗した(宇佐八幡宮神託事件)

770年8月4日に病気で崩御したが、病気回復を願う祈祷が行われた記録がないことから、医療行為を施されず見殺しにされた可能性が高い。生涯、子供は生まなかった。この称徳天皇以降は、江戸時代初期に即位した第109代明正天皇(在位:1629年 - 1643年)に至るまで、実に850余年もの間、女帝が立てられることはなかった。

文徳天皇

842年、承和の変で皇太子恒貞親王が廃されると、変の解決に功のあった伯父藤原良房にも推され代わりに立太子し、850年、仁明天皇の譲位により即位。

こうした経緯もあって、藤原良房が次第に権勢を強め、文徳天皇が東宮だった頃に嫁がせていた娘、明子(あきらけいこ)がちょうど天皇即位の年にようやく産んだ、第四皇子惟仁親王(のちの清和天皇)を立太子させる。天皇は寵愛の更衣の第一皇子惟喬親王に期待したが、良房の圧力で惟仁を皇太子とせざるを得なかった。

しかしその後も天皇と良房の暗闘は続き、良房の圧力の前に、内裏の外れにある東宮や嵯峨上皇の離宮だった冷然院などに居住して、遂に一度も内裏正殿を居住の間として生活を送ることはなかった。やがて天皇は惟喬親王の立太子を条件に惟仁親王への譲位を図るが、惟喬親王の身に危機が及ぶ事を恐れた左大臣源信の諫言で取り止めとなった。

かかる状況下で、天安2年(858年)8月に突然の病で急死する。通説では死因は脳卒中といわれているが、日本史研究者の彦由一太はあまりの病状の急変から藤原良房による暗殺説を唱えている。

崇徳天皇

1123年1月28日に5歳で皇太子となり、同日、鳥羽天皇の譲位により践祚、2月19日に即位した。院政開始後の鳥羽上皇は藤原得子(美福門院)を寵愛して、1141年12月7日、崇徳に譲位を迫り、体仁親王を即位させた(近衛天皇)。体仁は崇徳の中宮・藤原聖子の養子であり「皇太子」のはずだったが、譲位の宣命には「皇太弟」と記されていた。天皇が弟では崇徳の将来の院政は不可能であり、崇徳にとってこの譲位は大きな遺恨となった。

その後、1156年の保元の乱に破れ、讃岐に配流される。同行したのは寵妃の兵衛佐局と僅かな女房だけだった。その後、二度と京の地を踏むことはなく、8年後の1164年8月26日、46歳で崩御した。死後、後白河天皇への恨みから、怨霊になったとも、生きながら天狗になったとも伝えられている。

安徳天皇

父は高倉天皇で、母は平清盛の娘の徳子(後の建礼門院)、祖父は、平清盛。1178年11月12日に生まれ、生後まもない12月15日に立太子。1180年)2月21日に践祚し、4月22日に2歳で即位するが、政治の実権は清盛が握った。1185年の壇ノ浦の戦いで平氏の滅亡と共に入水。短い生涯を閉じた。

順徳天皇

1200年4月に皇太子となり、1210年11月、父の後鳥羽上皇の強い意向により、土御門天皇の譲位を受けて即位。穏和な土御門天皇とは反対に激しい気性の持ち主だと言われ、後鳥羽上皇に気に入られていた。後鳥羽上皇の討幕計画に参画し、1221年5月に承久の乱を引き起こしたものの倒幕は失敗。乱後の7月21日、佐渡へ配流となった。在島21年の後、仁治3年(1242年)9月12日に佐渡で崩御した。

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雅子妃というとんでもないババを引かされ、ついに廃太子論まで活字で報道されるようになった皇太子殿下とその家族。東宮一家には一体どのような未来が待ち構えているのだろうか。

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(コメント)
いわゆる歴代天皇の諡号(名前)については、その死後におくられるものが大部分だが、徳の字が付く諡号については、意図的に暗殺や流刑死などの不遇の死で崩御した天皇におくられたのではないかというフシがある。理由あって不遇の死で亡くなったが、決して本人の不徳のせいではありません、とでもいうような諡号のおくり方だが、徳の付く字はあまり縁起の良い名前とは言えず、なぜ今の皇太子に徳仁という“徳”の字の付く名前が付けられたのか不明と言わざるを得ない。

親王の名前を付ける際には、当然、学者の意見なども参考にするだろうし、怨霊と化した崇徳天皇や壇ノ浦で入水した安徳天皇の名前を見ても、積極的に選択肢に入れる名前とは思われない。偶然なのか、それとも何か運命的なものなのか、その結論はこれから出るのかもしれない。

今回の記事を書いていて感じたことは、雅子妃入内に端を発した現在の皇室の混迷状態ですら、皇室を守る日本の神々はあらかじめ見通していたのではないか、ということである。

例えば、雅子妃と紀子妃殿下の入内前の名前をひらがなにして、斜めからジグザク読みに読んでも、おわだまさこ、かわしまきこと読むことが出来る。

お わ だ ま さ こ
か わ し ま き こ

単なる偶然と言ってしまえばそれまでだが、偶然の中に何か未知の力を感じてしまうのは自分の考え過ぎだろうか。皇太子にかけられた“徳”の字の呪いが偶然でないとすれば、現在マスコミが騒いでいる女性宮家や愛子天皇、雅子妃問題などは、いかに反日勢力が工作を行おうが、彼らの思うようにはならないということである。

結果として、万世一系の皇統は揺らがず、愛子天皇や女性宮家は誕生せず、東宮問題もいずれ片付くのではないかと推察出来る。もちろん悠仁親王殿下のご即位を妨害する動きや勢力があれば今後とも批判していくつもりだが、恐らく最初から予定されている“着地点”に落ち着くのではないかと思う。それは我々庶民が考えた“着地点”ではなく、日本の神々が考えた“着地点”なのではないかと予想している。


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知られざる高円宮家の真実

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高円宮家とワールドメイトとの接点

ワールドメイト教祖 深見東州のHPより
http://www.toshu-fukami.com/2001/10/20011029_587.php

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「日本の伝統芸術21世紀展実行委員会」副会長に就任。

名誉顧問:高円宮憲仁親王殿下
顧問:奥野誠亮衆議院議員・元文部大臣
会長:小山宙丸白鴎大学学長・前早稲田大学総長
副会長:堀江恭子美術評論家・国士舘大学講師深見東州世界芸術文化振興協会会長(NPO法人)
コンサルタント:ヘイミッシュ・トッド大英図書館ジャパンコレクション部長


邪教 ワールドメイト

菊の紋様が額に付く?

ワールドメイト 元会員のブログさんのコメント欄より
http://motokaiinn.blog37.fc2.com/blog-entry-326.html#comment


皇室の問題

天皇は、祭祀を司る頂点(大宮司)であり、宇宙の大本の神様と真の交信は、2600年間一系で続いてる天照大御神の直系である天皇にしか出来ません。

それをワールドメイトは、昭和天皇の時代に人間宣言をされた為に、皇室の神様が天界え帰り、ワールドメイト開祖の植松女氏の元に降り、ワールドメイトは皇室の代わりに珍事をしている。入会したら、会員に菊の紋様が額に付く、過去に皇族のご縁があったと、会員に教え洗脳します。

私も洗脳されたこと、恥ずかしく思います。

秋篠宮様、紀子様に悪態を吐いていたのは、私も覚えています。

皇紀2600年の歴史上に女性天皇は存在しましたが、“男系の女性天皇”であり、天照大御神の直系が途絶えたことはありません。

愛子様が天皇になると、女系天皇になり、愛子様の子孫は天照大御神の直系でなくなります。

この問題は、皇太子の時代になったら、一波乱ありそうな危機感を感じずにはおれません。

2011/05/20(金) 13:36:04 | URL | 退会者です #- [ 編集 ]


ワールドメイトの闇

参考サイト: 桃の実秀明の桃の実的ブログ
http://zenith.iza.ne.jp/blog/
ワールドメイトの資料 (ワールドメイトの実態)
http://wmdata.main.jp/index.html

○教祖の深見東州の名前が現在、主要なもので4つあり、レオナルドTOSHU、戸渡阿見、深見東州、半田晴久という名前を使い分けている(本名は半田晴久らしい)外国や国内のワールドメイト関連の活動以外で教祖はその教祖名を名乗らず、本名を使用して教祖であることを隠している。深見東州の名前で日本人信者から巻き上げた金を、本名でカンボジアなどの慈善活動に投資しているので、外国から見ると新興宗教の教祖とは分かりづらく、カンボジアで名誉領事になるなど、名士扱いされている。その一方でワールドメイトに財産を巻き上げられ、家や土地を手放した日本人信者が多数存在する(信者の総数は4万人前後と推定される)。 

○新興宗教の他に出版社(たちばな出版)や芸術関係のNPO法人(世界芸術文化振興協会(IFAC))も運営しており、過去にたちばな出版から出した著書のペンネームには夏目そうしき、ピエール・ブツダン、美川憲二、フランソワーズ・ヒガン、三休禅師という名前もある。
 
○1995年に深見教祖は自分の前世がダビデだと告白する一方で、1997年に自分は百戦百勝の楠木正成の生まれ変わりだと豪語。更に、実は自分が35万年前の国常立大神の肉体を持った再来で、日蓮の神魂を継承しているとも主張しており、ミカエル天使の位に上がったとも言っている。自らを「三千年に一人の大神人」と称しているが、現在、贅沢のし過ぎで痛風と糖尿病を患っている。

○教祖の年収は1億円、認知症の開祖の月収は800万円。会員から集まったお金は開祖、教祖と古くからいる職員、教祖の秘密を良く知る職員で山分け。開祖も教祖も贅沢三昧、幹部は高級マンションやクルーザーボート、ゴルフなどの遊興三昧。子弟は高額授業料の私学へ進学させ、側近の一人は四千万の家をたった四年で完済。高額給与を貰っている教団職員のほとんどは会員に会う事のない立場にあり、宗教関係者と名乗らず、一般人を装っている。

○開祖と教祖の生活経費はワールドメイト払い。お金が貯まって仕方ない。高給取りの幹部がニセ神業に打ち込んでいると思ったら大間違いで、底辺の会員が参加を促されるニセ神事の最中にゴルフの打ちっぱなし、岩盤浴、と遊び呆けてるケースも珍しくない。あるニセ神事では、会員が食うや食わずで神事を行っている間、教祖は超高級のあわびステーキを堪能していた。

○予言や霊視は外れまくるし、神事と称するイベントも無意味で効果なし。ニセ神事の後に何か事件が起こると神事の効果(証というらしい)だと言って無理矢理こじつける。とにかく言い訳が得意で、予言が当たらない言い訳に、神様に予言能力を止められていると言い出す。1995年に坂本弁護士事件はオウムの仕業ではない、地下鉄サリン事件はオウムの犯行ではないと断言していた。教祖のありがたい話を記録したエンゼルビデオでは教祖がこれから日本はこうなる、支部はこれだけ増える、会員数はこれだけ増えるという話があったが全部外れているので、今はその部分はカットされている。

○ワールドメイトは会員を常に多忙にさせる事で支配している。忙しい状態ならば会員は予言がはずれたこと、証がおかしいこと、自分が開運しないことを忘れてニセ神業に突っ走ってしまう。会員は開運などなく、マインドコントロールをかけられて奴隷化状態となり、人生を破壊するだけ。熱心な会員ほど貧乏になる。元会員などがネットに不満を書いたりすると、数千万円の慰謝料を請求する裁判を起こされたりする。

ちなみに会員は次のような文言の復唱を求められる。

・ 一切の愚痴・不平不満は私ではない!全てのことに感謝するのが本来の私です!」 (10~20回以上)

・ 手抜きをして面倒くさがるのは私ではない! 一生懸命に精進努力をするのが本来の私です! (10から20回以上)

・ 私は神様のために生れ、神様とともに生き、神様のために死んでいきます。これが最高の喜びです。(10~20回以上)

○会員からの集金パターンは、危機があると発表(もちろんインチキ) → ニセ神事を行い集金する → ニセ神事催行後、これで危機は無くなった、日本は大発展するなどと教祖が言う → 会員は当然それを信じる → 適当な出来事を証に仕立てる、あるいは都合の悪いことは無視する。この繰り返しで会員を追い立て洗脳して集金する。ニセ神事の後に教祖が良い事を言っても、またすぐに集金神事のための悪い予言をする。会員一人につき、最低でも年間40万円くらい金を巻き上げる。滞納すると執拗な電話攻撃。

○会員の入会は書店のブックフェアや広告をきっかけにしたものが多い。入会後は日本を救うためだとか、使命感や愛国心に訴えかけてくるので要注意。正しい神仏が法外な金銭を人間に要求することはないし、イカサマ教祖に貢いでも自分も家族も国も救われない。

○総じて見ると教祖が良いと言うものは駄目になり、駄目と言うものは良くなる。いずれ力強い宗教家となると高く評価していた麻原彰晃はサリン事件などで逮捕され、今は死刑囚となる。会員で国会議員だった山口敏夫と藤波孝生は有罪判決を受ける。オシムは良い監督になるでしょうねと教祖が言ったら脳梗塞で倒れてしまった。絶賛していた雅子妃は親王を授からず、デマを流して中傷していた紀子妃が親王を授かり、皇室の救世主となった。ヒラリーが国務長官にならないよう昆布縛りを書けと会員に呼びかけたが逆効果となった。迷惑な話だが、安倍政権と福田政権も応援していたらしく結果はご存知の通り。麻生政権は応援していなかったらしい。

高円宮憲仁親王とワールドメイト

参考サイト
http://blog-imgs-19-origin.fc2.com/o/o/y/ooyasimaneko/20090927085845fae.txt

旧ブログより ワールドメイト

☆嫌・ワールドメイト

ワールドメイトという団体。
神道をベースにした新興宗教らしい。
規模は小さく、表立って大きな問題を起こした事はないがこの団体はかなりあやしい。この団体に所属すると霊体のおでこ?に菊のご紋が現れるらしい。神霊界の皇族?となるとのこと。(知人からの受け売り)とにかく、あやしい。

新興宗教を信じるのも所属するのも個々の自由。
その是非をここでとやかく言うつもりはない。
許せないのは、紀子様の悪口を言いふらしていること。

知人が洗脳されている。
得意げに「紀子が…」と呼び捨てにし、ののしっている目は逝っている。そしてしめくくりは雅子さまおかわいそう。最終しめくくりはF先生は明治天皇の生まれ変わり(だからF氏のいうことに間違いはないということらしい)??………

F氏は、雅子さんが流産された時に、紀子様の親族が稲荷信仰をしていて呪いをかけたと言ったという。紀子様が御懐妊された今、組織ぐるみで紀子様の悪口を言っている。

同じようなことはもっと巨大な某宗教団体でもやっている。しかももっと巧妙な手口で紀子様や秋篠宮家の悪口を広めているとの事。どう考えても、皇室という組織に順応し、祭祀を真摯にこなしているのは紀子様の方。その方がなぜ誹られなければならないのか。今の東宮夫妻はおかしな勢力に利用されやすそうな危うさがあり、その結果、皇室が破壊されるのではないかと心配。
F氏は故高円宮殿下の知り合い。
高円宮殿下は生前紀子さまの悪口を言っていた。
高円宮殿下は外務省の外郭団体勤務。
外務省と言えばあの父娘。
そっちにつながるのか。
2006-07-07

☆ワールドメイトの悪事
ワールドメイト会員の知人が以前もっていたパンフレット
それは、これ
 ↓ ↓ ↓
「21世紀の大救済豆木」磐梯神業案内(平成13年2月3日)
「雅子様ご懐妊青豆木」
(略)
これが、雅子様ご流産に秘められた大きな神霊的解義でありますが実はもう一つ、隠された理由があったのです。
深見先生が神様に伺ったところでは、ご流産の直接的な原因は、熱心な稲荷信者である某皇族の方の妬み嫉みの生霊と稲荷だったというのです…!

今の皇太子殿下雅子様は非常に霊覚も高く徳分もおありで、このお二人が天皇皇后として即位され日本の国の神柱となられたときが王仁三郎が預言した「21世紀、日本が世界の王となる」という時代であります。このことは、皇太子殿下ご成婚のときに深見先生が明かされたことです。その次の時代に日本の国運を担う未来の天皇も、ぜひ素晴らしい霊覚・徳分の方になっていただきたいと願う次第でありますが、そのためには、やはりお二人の間にお子様が誕生されるのが最善でありましょう。

もし万が一、雅子様がこのまま子宝に恵まれず、稲荷信仰をしている方のお子様が即位するなどの事態に陥れば 日本の国が苦難の時代を迎えるであろうことは必至です。この最悪の危機を回避するために、ぜひ雅子様の一日も早いご懐妊を願うものであります。


この怪しさ満開、不敬極まりない文章。
紀子様の悪口や根拠のないうわさ話を撒き散らしている集団は他にも○○学会があるが あちらは、皇室を破壊したいという目的が見えているがワールドメイトの目的は…一体何なのだろう。

高円宮殿下と教祖深見氏の仕事関係のつながり。
高円宮殿下は、秋篠宮家創設によって公務に呼ばれる回数が激減したので紀子様を快く思っていなかったこと。高円宮殿下は、外務省とも接点があり、雅子擁護だということ。だから紀子様の悪口を言い続けていたし、いじめてもいたとのこと。その悪口に乗ったのが、権力にすりよりたい深見氏だったのでは…という話もある。

高円宮様が若くしてお亡くなりになったのは日本を守っている神様からの罰?今現在、親王様誕生について深見氏が会員にどのように言っているのかはわからないがおそらくよい受け止め方はしていないだろうと思う。

呪詛なんかしていなければいいけど。
でも呪詛したところで効果はないという気もする。
平成13年からおかわいそうなマサコサマのために豆木とやらでお祈りしているようだが マサコさんってこの頃からおかしくなりはじめたのではないだろうか(もともとおかしいという話もあるが)
このあと愛子さんは生まれたけれど、こんなことを言ってはなんだがワールドメイトの目論見通りの子ではないだろう。
2006-09-16


雅子妃が1999年の12月に流産した原因は、雅子妃が妊娠を隠してベルギーに外遊し、ワインをがぶ飲みしたためであり、紀子様稲荷云々は、何の根拠もないデマである。

雅子妃ベルギー訪問の問題点より

ベルギー訪問前の1999年11月下旬に懐妊の兆候があったことを伝える週刊朝日の記事(クイックで拡大)
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『週刊朝日』1999年12月24日号<雅子さま 幸せのご懐妊> p22-23より引用

雅子さまが体の変化に気づいたのは十一月下旬だったという。生理がなく、基礎体温が上昇していた。侍医に相談して、十二月初め、妊娠検査薬を使ったところ、陽性。一九九三年六月のご成婚から六年半、待ちに待った朗報だった。ところが十二月三日からはベルギー皇太子の結婚式に皇太子とともに出席することになっていた。「体のことだけを考えると、キャンセルしたほうがよかったかもしれない。でもドタキャンすればマスコミに『ご懐妊では?』とまた詮索されることになるし、日本の皇室にとってベルギー王室は特別な存在なので、出席したかったようです」(皇室に詳しいジャーナリスト)

ベルギー王室と日本の皇室は古くから深いつながりがある。昭和天皇の「大喪の礼」のとき、ベルギー国王が真っ先に参列を表明し、それが呼び水となって五十ヵ国以上の元首が参列するという豪華な顔ぶれにつながった。特に皇太子とルギーのフィリップ皇太子は同じ年の気の合う友人で、互いに両国を訪問し合い、独身時代から、「どっちが先に結婚しても、式には招待しよう」と約束し合った仲だった。その約束の式典だけに、できれば夫妻そろって出席したかったというのだ。

宮内庁幹部は、皇太子夫妻の意向も踏まえて、雅子さまのベルギー訪問にゴーサインを出した。ただ、万一を考えて侍医を随行させた。短期の海外訪問で、通常は侍医が同行することはない。外務省にも「ご懐妊」は知らせなかったため、「なんで侍医がついていくんだろう」と噂になったという。

皇太子夫妻は特別機でベルギーに着いたが、天候はあいにくの暴風雨。「フィリップ皇太子と婚約者のマチルドさんがびしょぬれになってタラップの前で出迎えました。雅子さまは青いコート姿でしたが、いま考えると、転んだりしなくてよかった」(在ベルギーの女性ジャーナリスト)

皇太子夫妻は、ベルギーで散歩予定を取りやめたことはあったが、十二月四日にフィリップ皇太子とマチルドさんの結婚式に出席したほか、ベルギー国王に招かれて城を訪ねたりと、精力的に動いた。急な「ご懐妊」判明で間に合わなかっためか、雅子さまは結婚式では、青のスーツに合わせた、高さ六センチほどの青いハイヒールを履いていた。滞在中は兵藤長雄大使の公邸に泊まったが、兵藤大使はこう驚く。

「ワインも普通に飲まれていたし、まったくそんなそぶりはなかった。いま考えれば、侍医がついてきていたのはそういうことだったんですね」


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1999/12/3-7の皇太子夫妻のベルギー訪問では、公式行事以外にも往復数時間かけてのグルメレストラン巡りなども行われ、酒を片手に談笑する雅子妃の写真が現地のレストランに残っている。もちろん妊婦にアルコールはご法度だ。

で、1999年12月30日、再検査の結果、稽留流産と診断される(宮内庁発表)

高円宮憲仁親王と久子妃

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1984年4月23日 カナダ大使館のレセプションパーティーでカナダに留学経験のある憲仁親王と鳥取久子嬢が出逢う。同年5月6日 三笠宮殿下が鳥取久子嬢に「うちの憲仁をどう思うか?」とご質問、既に鳥取久子嬢の経歴と家系を調査済みでお妃候補に入っていたようだ。5月20日 憲仁親王が英語でプロポーズ「Will you marry me?」「Yes」。久子嬢の父は鳥取滋治郎(当時は東邦物産専務)、母二三子さんの祖母君・曾我晃子さんは元貴族議員・曾我祐邦子爵夫人、晃子さんの父君は鷹司熙通公爵。結婚後に高円宮家が創設された。

三笠宮崇仁親王が総裁を務めた第31回国際アジア・北アフリカ人文科学会議で、三笠宮の通訳・助手を務めたことがあり、そこから白羽の矢が立った模様。結婚前、旧姓の「鳥取」と「久子」のバランスが悪いため、仕事の際は「恒久子」という名前の名刺を使っていた。恒という文字が雅子妃の実父の小和田恒の名前と関係があるのかどうかは不明だが、久子妃は雅子妃の実母、小和田優美子とは旧知の間柄。当然、皇太子の結婚前から小和田家とも面識や交流があったと推測される。

憲仁親王は、1978年に学習院大学法学部卒業後、同年から1981年までカナダのクイーンズ大学に留学。帰国後は外務省の外郭団体である国際交流基金(現在は独立行政法人)で嘱託として働いていた。国際交流基金は完全に外務省のテリトリーであり、高円宮は国際交流基金を通じて外務省とつながっていた。当時、外務省の高官だった小和田恒にとっては、まさしく娘を皇太子妃として送り込むための千載一遇の好機が揃っていたわけである。

雅子妃入内の手引きをした高円宮憲仁親王


『美智子さまから雅子さまへ プリンセスへの道』河原敏明、ネスコ(1993年) p65-66より引用

入省して三週間目の四月二十五日に、雅子さまは高円宮邸に一人招かれる。高円宮ご夫妻と浩宮、雅子さまの四人だけだった。英国人カップルも招かれていたが、「都合で欠席」とされた。お二人は、高円宮夫妻とともに会食した。浩宮は、同年三月に訪問したネパール、ブータン、インドのアルバムを用意していた。写真は浩宮がご自分で撮ったものである。
・・中略・・
話ははずみ、たった四人のホームパーティは、数時間にもおよんだ。雅子さまがその日帰宅したのは、夜遅くなってからだった。


『サンデー毎日』1993/1/24号<愛を“予言”し、初めての出会いをセット・高円宮憲仁親王殿下> p25-26より引用
サンデー毎日2

キューピッド説の根拠は、皇太子さまがネパールなど三ヶ国旅行から帰国後の一九八七年四月二十五日、高円宮ご夫妻がお二人を自邸に招き、ホームパーティーを開いたことにある。高円宮さまは、「殿下にご旅行の話を聞こうとお招きし、小和田さんは有望な女性外交官でもあり(注:まさにこの年、全く同じ月の1日付で小和田雅子が外務省に入省したばかりである)、話題も合うと思って、一度ご一緒の機会を作りました」と明かされる。が、宮家関係者によると、ご夫妻が雅子さんを宮邸に招き、そこへ皇太子さまが訪問されるという形をとったが、実際は皇太子さまが一足早く着き、雅子さんを出迎えられ、雅子さんは驚いた様子だったという。

四人は夕食をともにし、食後、皇太子さまは数日前から用意、宮邸に持参された三ヶ国旅行や留学時のアルバムを見せて、思い出などを語られた。その際、皇太子さまは主に高円宮さまと話されたため、宮妃の久子さまが雅子さんの相手を務める形になったが、雅子さんが自分の将来や外交官としての抱負をハキハキと答えるのを見て、英国留学で現地の学生が自分の意見をはっきり主張している点に感銘を受けていた皇太子さまが、雅子さんに強い印象を持たれたという。

「実は久子さまが雅子さんの母親と旧知の間柄で、娘が女性外交官を目指しているのを知り、一度ぜひ、皇太子さまに紹介したいと思われていたようです」(宮家関係者)この日は話がはずみ、雅子さんが帰宅したのは午前一時を過ぎていたともいう。

だが、高円宮さまとお二人の関係は、実はもっと古くからだったのである。「お二人の出会いは八六年十月、東宮御所で開かれたスペインのエレナ王女歓迎パーティーですが、当時、東大の学生だった雅子さんを招いたのは、実は高円宮さまだったのです」 こう明かすのはある皇室関係者。
 ・・中略・・
高円宮さま自身、「小和田さんほど皇太子妃にピッタリの素敵な女性はいないんじゃないか」と度々、漏らされている。


雅子妃入内には、高円宮だけでなく、小和田、外務省(創価学会)、マスコミによる執拗な工作も行われた。

参考サイト
ドス子の事件簿 マコオタ画像集(雅子関係)1
ドス子の事件簿 マコオタ画像集(雅子関係)2

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1992年8月16日には、皇太子と小和田雅子の5年ぶりの再会デートが、柳谷謙介・元外務次官宅で突然セッティングされるという奇妙な事態も起きる。雅子妃との結婚を反対していた昭和帝の崩御を待っていたかのようなタイミングだった。何かが動いていた。

小和田、高円宮、外務省、創価学会

参考サイト
http://kabanehosi.up.seesaa.net/image/takamado.txt

ある皇室記者
昭和帝の御意志や雅子妃の背後の事情を無視し、皇太子殿下と雅子妃の仲を、自宅を提供してまで取り持った高円宮殿下(故人)と、佳子さまをご出産された後の秋篠宮紀子妃殿下に、出産を控えるように圧力を掛けたとされる久子妃に対して、自分は全く敬意を払っていないし、好意的な考えも持っていない。

秋篠様を貶める記事に苦情を言っても「しかるべき筋からの話だから」と出版社が取り合わなかったそうだ。しかるべき筋=高円宮だと考えられる、とのこと

高円宮様は、秋篠宮様ご成婚時、自分たちがいるから彼らに公務の依頼は殆どないのじゃないか?と発言
秋篠宮様に仕事を獲られるのが怖くてあらぬ噂を流していたとも言われている。

新しく皇族に入った人に対する言葉ではない、一緒に皇室を支えて行こうというのではなくて「オレ様より目立つな、青年皇族はオレ様」的発言という解釈をした人も中にはいた。

(新聞記者証言)
秋篠宮ご一家の創作悪口を内外に言いふらし、媒体で嫌味な発言連発したのは高円様。高円宮様が皇太子を取り込んでから皇太子と秋篠宮家は疎遠になった。なにより、雅子さま入内を推していたのは高円宮様。高円宮様が亡くなって皇太子夫妻がおかしいのが表面化したのを考えると、彼が皇太子サイドで相当動いていたんだろうと想像出来る。

皇室関係者
紀子様の都市伝説関係が浮上したのは雅子さんが結婚する1,2年前 流していたのは創価、外務省、高円宮さま
雅子さんの不出来を薄めるため、あるいは紀子様になすりつけるという目的があったといわれている。その後渋谷氏(のちに雅子妃の妹節子さんと結婚)を通じて医療関係者に噂を広げた。各地で医学部教授等が偽の噂を得意気に吹聴する姿が目撃されている。

故人と交流のあった人間
高円宮様は一見気さくそうに見えて 実は最も階級意識の強い人だったらしい。紀子様のご実家をバカにしきっていた。高円宮様は皇太子には媚びて 秋篠宮様のことは悪口言いまくっていた。

M氏
高円宮様はもともと外務省と関係の深い人。宮家といえど台所事情は楽じゃなかったから仕事もしていた。だから恒が取り込みやすかった。しょせん世間知らずの宮様なんて、海千山千にかかったらちょろいもの。

K氏
小和田恒氏と鳥取久子さん(高円宮久子)の噂は?高円宮様は国民と皇室の架け橋などと言っていたけど、基金集めでは色々黒い噂もあった。高円宮様がお亡くなりになってからは秋篠夫妻の誹謗中傷が止んだ。

H氏
あのお方が皇太子を応援していたのは「皇太子」だからでしょう。雅子さんとあのお方で秋篠夫妻の文句でも言っていたことも。

ある記者
承子さんの成人コメントでも紀子妃懐妊については無視だった。高円宮様が紀子様を貶める発言を広めていた。あることないことまで噂を言いふらしていた。高円宮様がお亡くなりになってから、あきらかに流れが変わった。(小和田家親族や学会がらみの擁護派からの古い捏造話の蒸し返し以外はなくなった)秋篠宮様ご成婚時の、特別報道番組内で「秋篠宮ご夫妻が担われるお仕事は、殆どないだろうと発言。…テープカットとか、シャンパン片手に乾杯とか、その手の公務そういう、華やかな場面の公務は自分達が請け負っているから、秋篠宮ご夫妻には、殆ど回らないと。蓋を開けたら、秋篠宮ご夫妻は大忙し→気に食わないという流れがあったことは確かです。


小和田雅子さんが皇太子妃候補として名前が出てくるきっかけを作ったのは、高円宮様。未来の天皇の皇太子夫妻にはおべっかつかって持ち上げていた。必要以上に庶民派ぶっていたが実はプライドは高く腹黒い面もあった。皇太子と雅子を結びつけたのは高円宮。それに優美子さんと久子様は知り合い。高円宮様亡きあと、久子様があの2人の相談相手に引き続きなっていても良いだろうに、全然でてこない。

森下洋子と高円宮様の対談番組を見たことがあるけど、なんというか、相手に対する物言いが、高飛車で傲慢。どことなく意地悪さを含んだ感じだった。高円宮様は、「皇居、赤坂御所には農薬や除草剤のせいで虫一匹いない」などと平然と嘘をつく人。高円宮様は、頭の構造がちょっとおかしい人みたいだが雅子さんのことは自分サイドの人間だと思っていた。外国通で、賢いデキル女だと。これを皇太子殿下にくっつけておけば、皇太子は安泰。雅子さんと同じサイドにいる自分も安泰。という発想。

率直に言うと秋篠宮殿下はたいした事ない男だと見くびっていた
成人していざ蓋を開けてみたら良い妻を娶り、祭祀も公務も研究にも熱心で両陛下の信頼もあつく、男性皇族として申し分ないお方になった。これらは両陛下をはじめ良識派の皇室の方々にとっては大変喜ばしく、一方で勝ち馬に乗った筈の人間にとっては大誤算で痛恨の出来事だった。


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皇太子夫妻の結婚式当日、微妙な表情の各皇族方と一人得意げな高円宮。その視線の先は・・・

謎に満ちた高円宮憲仁親王の突然死

2002年5月末に夫妻で韓国を公式訪問し、日韓W杯の開会式に出席した。日本の皇族の韓国への公式訪問は戦後初だったが、同年11月21日、カナダ大使館にてスカッシュの練習を行っていた最中に心室細動による心不全で倒れた。

直ちに慶應義塾大学病院に搬送されるも、すでに心肺停止の状態だった。蘇生措置がとられ一時は心拍が確認されるも、夜半になって容態が悪化。久子妃の同意を得て人工心肺装置を取り外したところ、生命反応がなく死亡が確認された。 享年47歳。

あの国のあの法則なのか、事故なのか、天罰なのか、今となっては分からないが、皇族としてはあまりにも早すぎる死であった。

参考記事
徳仁皇太子夫妻の結婚パレードで振られる創価学会三色旗の怪
反日勢力・反日マスコミの最終目標は万世一系の皇統の断絶
万世一系の断絶を目論む小林よしのりと沈みゆくSAPIO(サピオ)
天皇家と日本の復活
愛子内親王ご優秀伝説の破綻
雅子妃と小和田家の闇

(コメント)
今回の記事を書いて、自分の中では雅子妃入内の陰謀の解明については一段落付いたように感じている。外務省の中には、大鳳会という400人以上の創価閥があり、外務省=大鳳会という場合も少なくない。故・高円宮憲仁親王はその外務省と外郭団体を通じてつながっており、皇室の内部から様々な工作を行っていたようである。久子妃は小和田家とつながっており、高円宮家は雅子妃入内のために働いてもらうには打って付けの皇族だったのだろうと思う。

高円宮憲仁親王(以下高円宮)の逆恨みと利害の一致による協力も加わり、マスコミ、外務省(創価学会)、小和田家の工作と併せて、昭和帝の崩御後、雅子妃の入内がまんまと成功したのだろうと推測している。生前の高円宮の暗躍ぶりには興味があるが、やったことが裏目に出てしまい、本人も早逝し、事ここに到っては悪名を残すばかりである。スポーツ振興に貢献した宮様として、ウィキペディアなどでは持ち上げられているが、少なくともこのブログで褒め称えることはまずないだろう。皇室に対する功罪を相殺すれば、あきらかに罪の方が多いように感じられるからである。

高円宮家について調べるうちに、ワールドメイトというゴミ宗教の実態を明らかに出来たのは収穫だったが、秋篠宮家に対してかくもひどい誹謗中傷を行わなければ、ブログの記事で取り上げることはなかったかもしれない。神道の真似事をして信者を食い物にしてる教団だが、教祖や幹部はどう見ても詐欺師にしか見えない。しかし、こういうのは騙される方にも問題があり、著作にしろ講演にしろ、悪意で人を騙したり洗脳したりするのに、天才的な才能を持つ人間が世の中には存在するということを認めなければいけない。信者が破滅するまで食い物にする悪質な新興宗教は、皆、この手の人間が教祖なのである。騙されてしまったと思ったら、高い月謝を払ったと思って早目に足を洗うのが良策だろう。

ワールドメイトの教祖と幹部は非常に良く宗教ビジネスを研究しており、信者を生かさず殺さず絞り上げる心理的なテクニックに精通しているように感じられた。額に菊の御紋が付くとは呆れた言い草だが、教祖の額にはサインペンで“悪”が“肉”とでも書いておいた方がよっぽどお似合いだろうと思う。

前回の「雅子妃と小和田家の闇」、前々回の「愛子内親王ご優秀伝説の破綻」などでは、コメント欄にブログ主の姿勢云々、上から目線過ぎる云々など、因縁としか思えないような書き込みが見られたが、皇統の存続という観点から見れば目クソ鼻クソのようなコメントであり、正直言って片腹痛いと言わざるを得ない。秋篠宮家を守って皇統を守るのか、東宮を守って皇統どころか国体まで潰すのか、100年後、200年後の日本の未来を考えれば議論の余地もない。また我々の子孫から、どちらの行動の方が感謝されるのか、火を見るより明らかだろう。

高円宮家の長女である承子女王は、成人を迎えた際の記者会見で、紀子さま御懐妊と紀宮様のご結婚について感想を求められて華麗に無視したが、家で秋篠宮家の根も葉もない悪口を吹き込まれていたので答える気にならなかったのだろう。要領の良い人間なら、もう少し思慮深い行動をすると思うが、ブログ騒動の件を見ても分かるように、母君の薫陶が良く行き届いていると言うべきだろうか。

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