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終戦後、サハリンに取り残された日本人女性の悲劇

終戦後、サハリンに取り残された日本人女性の悲劇


終戦時まで日本領土だったロシア・サハリン州(旧樺太)南部には「帰りたくても帰れなかった」約二百二十人の日本人が今も残っている。朝鮮人と結婚していた日本人女性は戦後の引き揚げ対象から外され、差別を避けるために、日本人であることを隠す苦境に身を置いた。戦後六十年、深い傷は癒えていない。

(中略)

■通知外されて… 存命者は約220人

終戦時、南サハリンと千島列島には、日本人が約四十万人、朝鮮人が約四万三千人いたとされる。四六年十二月、「ソ連地区引揚米ソ協定」が結ばれ、日本人の大半は帰国した。が、朝鮮人の妻や養子になっていて引き揚げ通知の対象から外され、「残留が確認された日本人は推計四百-五百人」(厚労省中国孤児等対策室)。うち七割が女性といわれる。残留邦人を支援するNPO法人「日本サハリン同胞交流協会」(東京都渋谷区)は、現在の在留邦人は「百人以上が亡くなり約二百二十人」という。

木村さんのように、韓国・朝鮮人と結婚した日本人女性は多い。樺太は終戦後の八月二十二日まで、旧ソ連軍との地上戦にさらされた。ソ連兵の性暴力を恐れ、韓国・朝鮮人との結婚を急いだ例もみられる。

永住帰国している須田百合子さん(69)=北海道江別市=は「終戦後、敗戦民族として自信を失った日本人より、朝鮮人の方が生活力があった。長女を年長の朝鮮人に嫁がせ、家族を養ってもらう日本人が多かった。生きていくためには、選択肢はなかった」と振り返る。終戦後、反日感情が高まり、残留邦人は激しい差別にさらされた。

須田さんは塔路で生まれた。朝鮮人夫妻に里子に出され、「金順愛(キムスウネ)」名で育てられた。十五歳で写真店を経営する十一歳年上の朝鮮人と結婚。「生粋の朝鮮人と結婚したと思っていた」夫が、須田さんの素性を知ってから激しい暴力が始まった。「『日本人妻で恥をかく』とむちゃくちゃな乱暴を受けた。翌年生まれた長男にも日本人の血が入っていると暴力を振るった」

ユジノサハリンスク(豊原)に今も残る加藤波子さん(75)は、七歳年上の朝鮮人に「結婚しなければ兄貴を殺す」と包丁を突きつけられ、十七歳で結婚したという。永住帰国している近藤孝子さん(73)=東京都三鷹市=は加藤さんと親交があった。「波子さんの夫は子どもにアイロンを押しつけて大やけどを負わせたあげく、売り飛ばしてしまった」と振り返る。

ソース:東京新聞 2006/06/06
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050606/mng_____tokuho__000.shtml

戦後、朝鮮人の横暴により、日本各地や外地で無理やり強姦されたり、結婚を強要された日本人女性が頻発したと言われている。もちろん、強制連行などは存在しなかったので、勝手に居付いた朝鮮人がその犯人である。サハリンの日本人女性達の運命については気の毒過ぎて言葉も見つからないが、こういった歴史的な事実を風化させず、教訓を無駄にしないことが我々に出来る唯一の行動なのではないだろうか。

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