日本が好きなだけなんだよ

Date : 2011年06月13日

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アジアから見た大東亜戦争

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アジアから見た大東亜戦争 2005年12月7日 日本政策研究センター

◆白人の有色人種支配の終焉

大東亜戦争はやむを得ざる自存自衛の戦いであったが、人種偏見にもとづいて日本を圧殺せんとするアメリカに対する戦いは、とりも直さず、欧米の有色人種への植民地支配に対する戦いにほかならなかった。わが国は緒戦においてフィリピン、マレー・シンガポール、ビルマ、香港、インドネシアに進攻し、アメリカ、イギリス、オランダに完勝、米英蘭の植民地支配を打破り、昭和十八年、ビルマ、フィリピンを独立させ、またインドネシアに近い将来(昭和二十年)の独立を約束した。大東亜戦争の果した決定的役割につき、イギリスの歴史家クリストファ・ソーンはこうのべている。

「真珠湾事件に続く半年の間に、日本軍は西側諸国に対して連戦連勝の輝かしい戦果をおさめた。その政治的影響はその後の敗戦によって消し去られることはなく、アジアの状況は決して旧に復することはなかった」

「インドでは南アジアや東南アジアの他の地域同様、日本の緒戦における圧倒的勝利に人々は大きな感銘を受けた。……その後日本はアジアの新しい家来たちの忠誠を確保することはできなかったにもかかわらず、民族主義的な自覚と政治運動を大いに促進し、それらは結局白人支配の復活を阻止することになった。……戦時中インドで過ごしたあるフランス人は、日本は戦場では敗れたがこのインドではすでに永続的な勝利を勝ち得たのだと述べたのであった」

「一九四一―四五年の戦争における日本の行動は、一九〇四―五年の日露戦争でのロシアに対する勝利よりもアジアにおける西欧の衰退を早めることになった」

「日本は敗北したとはいえ、アジアにおける西欧帝国の終焉を早めた」

「大方の日本人にとっては、極東における西欧諸国の略奪的な帝国主義的存在と、日本がアジアの近隣地域を本質的に防衛のために領有するのとでは、両者ははっきりと区別すべきものである」

ソーンは客観的態度を以て極めて公正に大東亜戦争の本質を捉えその世界史的意義を認めている。日本に対して「侵略国」とも「植民地支配」とも一言も言っていない。敵国人であった彼の見方は日本の学者にはない説得力がある。

◆インドの親日―なぜかくも深厚なのか

アジア諸国は大東亜戦争をいかに見たか。まずインドである。インドが世界有数の親日国であることを多くの日本人は知らない。インド人が一番親愛する国は日本である。インド人は日露戦争によって覚醒、この時から民族独立運動が始まった。ガンジー、ネルー、チャンドラ・ボースというインド独立の元勲はみな日露戦争に驚嘆感激して立上るのである。

昭和十七年二月、日本軍はシンガポールを陥落、イギリス軍が降伏した。このとき日本軍の手により英軍内のインド兵をもってインド国民軍が結成された。翌年亡命先のドイツからチャンドラ・ボースが日本を経てシンガポールにゆき、昭和十八年十月、自由インド仮政府が樹立された。ボースは仮政府首相及びインド国民軍総帥に就任した。仮政府は直ちに米英に宣戦布告、翌年、インド国民軍は日本軍とともにインド東北部のインパールに向って進撃した。チャンドラ・ボースは日本が米英に対して立上ったこの時こそ、インド独立の唯一無二の好機として蹶起したのである。

インド国民軍は日本軍とともに奮戦したが日印両軍は惨敗を喫した。終戦直後、ボースは非業の死を遂げた。祖国独立の大業は挫折したかにみえた。戦後イギリスはインドへの支配を強化するために、インド国民軍将兵を国家反逆の罪を以て処罰せんとした。ところがガンジー、ネルーに率られたインド人が立上り、イギリス官憲の大弾圧に抗し多数の死傷者を出しつゝ二年間不屈の反英闘争を展開、昭和二十二年八月、ついに独立をかちとるのである。

日本軍によるマレー・シンガポール攻略によるイギリス軍の敗北、及びこれによってもたらされたインド国民軍並びに自由インド仮政府の結成、そしてチャンドラ・ボースによる対英戦の断行が結局インドの独立を導いたのである。即ち大東亜戦争なくしてインドの独立は決してありえなかった。それゆえインド人は日本及び日本人に対し今なお深厚なる感謝と敬愛の念を抱き続けているのである。

平成九年、インド独立五十年の記念式典の際、在郷軍人会のヤダハ代表は出席した加瀬英明氏(日印親善協会会長)に対し、インド国民の感謝の言葉を靖国神社に奉納してほしいと要請した。次の文章である。

「われわれインド国民軍将兵は、インドを解放するために共に戦った戦友としてインパール、コヒマの戦場に散華した日本帝国陸軍将兵に対してもっとも深甚なる敬意を表します。インド国民は大義のために生命を捧げた勇敢な日本将兵に対する恩義を末代にいたるまで決して忘れません。我々はこの勇士たちの霊を慰め御冥福をお祈り申し上げます」

またレイキ法学博士はインパール作戦にふれ、「太陽が空を輝かし、月光が大地をうるおし、満天に星が瞬く限り、インド国民は日本国民への恩義を忘れない」とのべた。

インド人にとってインド国民軍が日本軍と生死をともにして戦ったインパール作戦こそ、インドの歴史に永遠に刻みこまれる祖国独立、民族解放の聖なる戦いであった。それゆえインド国民はインド独立第一の英雄として、ガンジーやネルーではなくチャンドラ・ボースをあげ、深く尊崇してやまないのである。

日本人としてボースとともにもう一人忘れ難い人物がパール判事である。パールは東京裁判において唯一人、日本の無罪を判決した。彼は東京裁判を全く不正不当の「儀式化された復讐」と断じた。

パールもまた日露戦争に感激した一人である。東京裁判後何度も来日、日本と日本人をこよなく愛し続けた。最後の来日(昭和四十一年)のとき、「私はこの日本を愛している。この日本に私の骨を埋めたい」とまでのべた。

この様なインド及びインド人だから、昭和天皇が崩御されたとき、インド政府は日本より一日多い三日間の喪に服した。インドの独立をもたらした大東亜戦争の最高指導者に対して、インドは国家あげて、深甚なる弔意を捧げたのである。

◆大東亜戦争はアジア人の為の戦い

オランダによる三百数十年間の植民地支配から解放されたインドネシア人の日本への敬愛の念もインドに劣らぬものがある。「独立できた要素の第一は、日本軍が植民地政治体制を粉砕したことです。植民地体制の粉砕なくして独立はありえません。第二は日本軍の猛烈な軍事訓練です。オランダ軍はやってくれませんでしたし、我々自身がやろうと思ってもできるものではありません。日本軍時代の三年半でインドネシア人はすっかり変ったが、こんなに変ったことをイギリス軍やオランダ軍はわかっていませんでした」(アブドル・ハリス・ナスチオン元国防相)

「大東亜戦争が起きるまでアジアは長い植民地体制下に苦悶していました。そのためアジアは衰えるばかりでした。アジアは愚かになるばかりでした。だからアジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。日本軍は有言実行でした。その第一は植民地政治の粉砕です。第二は祖国防衛義勇軍を組織したことです。第三はインドネシア語の普及です。第四はイスラムの団結をはかったことです。第五はスカルノやハッタをはじめとした行政官の猛訓練です。第六は稲作及び工業技術の向上です」(モハメッド・ナチール元首相)

祖国防衛義勇軍として独立戦争に活躍したサンパス陸軍少将はいう。

「日本軍がやった基本的なことは、すなわち最も大きな貢献は、我々に独立心をかきたててくれたことだ。そして厳しい訓練を我々に課してくれたことだ。日本人はインドネシア人と同じ様に苦労し、同じ様に汗を流し、同じ様に笑いながら、我々に対して独立とは何かどういう苦労をして勝ちとるものかを教えてくれた。これはいかに感謝しても感謝しすぎることはない。これは祖国防衛義勇軍の訓練を受けた人が残らず感じていることだ」

同じく義勇軍出身のブルキフ・ルビス陸軍大佐はいう。

「大東亜戦争が契機となってアジアからアフリカまで独立しました。日本にだけ犠牲を払わせてすまないと思います。大東亜戦争中の日本軍政の特徴は、魂を持ってきてくれたことです」

いずれも大東亜戦争の甚大なる意義を語って余りある。有色人種への人種偏見を一掃し植民地支配を打破する為には、日本が軍事的に立上るしかなかった。日本以外にそれができる民族がないからである。それゆえ大東亜戦争は「アジア人の戦争を日本が代表して敢行したもの」であった。

人種偏見をもたぬ日本人が「インドネシア人と同じ様に苦労し、同じ様に汗を流し、同じ様に笑いながら」接したことが、オランダ人に奴隷扱いされたことに比していかに大きな喜びであったことであろう。日本人はインドネシアに魂を持ちこみ「独立心をかきたて」たのである。そしてオランダに対する独立戦争において約二千人の日本軍人が踏み留まり共に戦い約半数が戦死した。この日本と日本人の貢献はインドネシアの歴史と国民の魂に永久に刻印されるものである。

◆ビルマ、マレーシア、タイの人々の感謝

開戦直後、ビルマ(現ミャンマー)独立義勇軍が結成されたが、その生みの親が鈴木敬司大佐である。鈴木はビルマ人から「雷帝」という尊称をもって敬愛された。鈴木が任終えて帰国する時、ビルマ義勇軍は鈴木に感謝状を送りその功績を称えた。

「父親がその子供に教えさとすごとく、その子供を守るがごとく雷将軍(鈴木)は真の情愛をもって、ビルマ独立軍の兵士全員を教え、全員をかばい、全員のことに心を砕いてくれた。ビルマ人はその老若男女を問わず、このことを忘れることは決してない。ビルマのためにこのような骨折りをした雷将軍はいまや日本に帰らんとしている。我らはビルマ独立軍の父、ビルマ独立軍の庇護者、ビルマ独立軍の恩人を末長くなつかしむ。将軍のビルマ国への貢献もいつまでも感謝される。たとえ世界が亡ぶともわれらの感謝の気持が亡ぶことはない」

戦後昭和五十六年、ビルマ政府は鈴木大佐はじめ七人の日本人にビルマ最高の栄誉「オン・サン賞」を授与した。

戦時中、マレー南方特別留学生として来日、陸軍士官学校で学び戦後上下院議員をつとめたノンチックはこうのべている。

「私たちアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました。永い間眠っていた自分たちの祖国を自分たちの国にしようという心に目醒めさせてくれたのです。私たちはマレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍をみたとき、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ青少年の教育を行ってくれたのです。私もあの時マレーの一少年としてアジア民族の戦勝に興奮し、日本人から教育と訓練を受けた一人です」

タイはアジアでの数少ない独立国として日本の同盟国だったが、元首相ククリフト・プラモードは昭和三十年こう語った。

「日本のおかげでアジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは一体誰のおかげであるか。それは身を殺して仁を為した日本というお母さんがあった為である。十二月八日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない」

有色人種中、日本だけが真正の独立国だった。日本だけが欧米列強に対峙し相戦う力と意志をもっていた。それゆえ日露戦争を行い大東亜戦争に立上った。先には勝ち後には敗れたが、日本は非西洋中ただ一国この戦争を敢行、数百年にわたる欧米の植民地支配を打破し終焉せしめ、人種差別を撤廃させ、有色民族の解放独立を導き、人種的平等の世界を築き上げたのである。

それゆえアジア諸国民始め全有色民族が、欧米主導の世界史を根本から変えた日本に対して今なお畏敬と親愛の念を強く抱き続けているのである。例外はこうした日本のアジア救済の事業を妨害し続けた欧米依存のシナとシナに隷属した朝鮮半島の国家だけである。(完)


フィリピン独立記念日ポスター
1995年、フィリピン、マニラ市内に張られたフィリピン共和国独立記念日のポスター

IndiaChandra.jpg
インドのオールドデリー市街、チャンドラ・ボース公園の「インド独立義勇軍(INA)と日本兵たち」の像(日の丸もある)

ビルマ独立勲章



ある日本人の学校教師が、戦後、マレーシアを訪れました。かつて日本軍は大東亜戦争(太平洋戦争)中に残虐非道を尽くした、と思っていた彼は、マレーシアにおける日本軍の活動を調査しようと思ったのです。彼は、マレーシアの上院議員ラジャー・ノンチックに会って言いました。

「日本軍はマレー人を虐殺したに違いありません。その事実を調べにきました」。

すると、ノンチック議員は驚いて言ったのです。「日本軍はマレー人を一人も殺していません。日本軍が殺したのは、戦闘で戦ったイギリス軍や、それに協力した中国系共産ゲリラだけです。それに、日本の将兵も血を流しました」。

『教科書が教えない歴史』(扶桑社文庫)より

参考サイト
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/rekishi01.htm



(コメント)
大東亜戦争の際の国家元首であった昭和天皇が崩御し、大葬の礼が行われた際、史上最多の164ヶ国からの参列者があったが、その多くは大東亜戦争後に独立した新興国であり、日本が大東亜戦争で果たした偉大に役割に敬意を払い、昭和天皇に心からの弔意を表した国も多いと聞いている。

大東亜戦争については、今までの記事の中で、歴史的な意義も含めて様々なことを書いてきたが、確実に言えることは、あの当時の日本人でなければ戦えない戦争だったということだろうか。おかしな人間も中にはいただろうが、全体としては今の日本人より義を尊び、人情に厚く勇敢で徳があり、祖国を愛していた勤勉で美しい日本人達だった。そういう人達が300万人以上犠牲になって、ようやく白人至上主義が打破され、植民地が独立し、世界に人種平等が訪れたわけである。

戦勝国の白人達にしてみれば永遠に隠しておきたい事実だろうが、国内の反日マスコミや日教組の洗脳を打ち破り、ようやくここ10年くらいでネット上で認知されてきた印象がある。しかし、マスコミや学校教育を反日勢力に押さえられているので、真実が広がっていくのは緩やかであり、そもそも歴史の真実に興味がある人間より、AKBの選挙に興味のある人間の方が多いという悲しい現実もある。日本人が目覚めるのは一体いつになるのか、愚痴の一つも言いたくなろうというものだ。

大東亜戦争の成果である、人種平等、植民地の独立と引き換えに、戦後の日本人は自虐史観で洗脳され、じわじわ愚民化されていったわけだが、戦後60年以上経っても英霊の遺骨の多くは戦地に残されたままであり、そのことを疑問に思ったり悔しく思ったりする人間は、現在の日本では少数派である。それどころか国のために戦ってくれた先人に感謝すらせず、靖国神社や護国神社に参拝することすらしない人間が大部分である。皇室にも興味がなく、政治にすら関心がない多くの日本人を 日本やアジアのために力を尽くした英霊達はどのような思いで見ているのだろうか。「あんなのは日本人じゃない」という声が今にも聞こえてきそうな気がするのは自分だけではないだろう。

物も言えず遺骨となって戦地の草葉の陰から祖国を想っている英霊達のことを考えると、なんともいたたまれない気持ちになり、最近は英霊の慰霊のために毎朝般若心経を唱えているが、この程度のことしか出来ない自分の至らなさを詫びるしかない。東南アジアやインドなどで日本兵が讃えられていることがせめてもの救いだが、日本の現状の狂いっぷりを眺めると、何ともやりきれない気持ちにならざるを得ない。

客観的に見て、民主党への政権交代自体が狂気の産物だが、鳩山由紀夫や菅直人などは、昔なら問答無用で射殺されているようなレベルの首相であり、こんな連中を持ち上げた上に、日本人を洗脳する目的で韓国アゲアゲ報道をしている反日テレビ局の姿を見るたびに、悪夢でも見ているような気分になる。夢かマトリックスなら早く目覚めて欲しいものだが、テレビ画面の中に映っている奇妙な生物達は、残念ながらどうも現実に存在しているようである。


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