日本が好きなだけなんだよ

Date : 2011年06月08日

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日本海軍の名参謀 秋山真之の褌論(ふんどしろん)

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臍の下二寸の処を締めて居るが肝要

Akiyama_Saneyuki.jpg

秋山 真之(あきやま さねゆき)
慶応4年3月20日(1868年4月12日) - 大正7年(1918年)2月4日。大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。ロシアのバルチック艦隊の迎撃作戦を立案し、日本海海戦の勝利に貢献した帝国海軍屈指の名参謀。

1907年(明治40年)、ハワイのセントルイス野球団が日本に来て慶応大学と試合を行ったが、慶応はそれまで連戦連敗であり、最後の試合には、日本の名誉のためにもどうしても勝たなければならないという非常に重大な局面に立たされていた。その頃、毎日のようにネット裏でその試合を見ていた日本海軍の名参謀、秋山真之は、慶応大学野球部に、この「褌論」の書簡を送り、褌(ふんどし)で丹田を締め付ける効用を説いた。これを受取った選手達は文字通り褌を締め直して元気を取り戻し、最後の試合に勝つことができたという。

前略

武士が戦場に臨むにも相撲取りが土俵に上るにも或は又碁打ちが碁盤に対するにも総て其方面の勝負には之れ無くては叶はぬ必要にて 其効用は「決して睾丸の保護には無之」 実に左記の如き偉大なる効能有之に依る次第に御座候

一、心気を丹田に落着け 従って逆上を防ぎ智力気力の発作を自在にする事

二、腹部に体力を保持し 従って腕力の発作を大にする事

三、気息を容易にし従って息切れを防ぐ事

四、身体の中心と重心とを一致せしめ 従って体を軽くし歩速を増加する事

此等の効用顕著なるは小生が多年実験する処にて 日露戦争中黄海日本海等にも小生は先づ褌を締めて艦橋に上り 確に心気の動揺を防圧し得たる様相覚へ居候

又昔時東海道を早打が二重に褌を締め白木綿に腹を巻き締めて此の長途を三日間に往復したりとの実例に照しても 其効能明白に御座候 然るに近時の青年諸君は世俗の進化と共に此の褌の大効用を知られざる方多く 越中褌又は普通猿股等を用ひらるる故に腹に力が入らず 血が頭脳にのみ逆上する為め 咄嗟危急の場合等に処して肝要なる虚心平気の態度を失ひ 従って出るべき智能も技量も出し得ざる事有之候

無論貴選手等には斯の如き事萬々有之間敷候へ共小生が昨日老婆心より見たる処にては 未だ腹に締りが足らざる様相見受申候 堵て其褌の締方如何と申せば臍の下約二寸の処に巻き更に股に掛け上方に滑り上るを防ぐ事と同時に睾丸を緊縮し 最後に背筋の中央を扼する事が至極効能有之即ち総ての力は此点より湧出と見るものに御座候 

又其の締め加減は余り堅過ぎても宜しからず 締上たる処で丁度五本の指を平たく入れて通るか通らぬか適度に御座候 若し又日本流の六尺褌が習慣上具合悪しければ越中褌の紐を一尺の木綿にて巻き締められても宣しく 要するに臍の下二寸の処を締めて居るが肝要に御座候

兎に角緊褌一番を実験し御試に被成候得ば必ず多少の効能は可有之 五十間飛ぶ球が六十間飛び五秒掛る所を四秒に走り三度の過失が二度で済む位の事は確に候

小生目下海軍に奉職致し居り候 其の昔大学予備門に在りたる頃は随分野球に耽りたるものにて貴校の今回の対外御試合も真に不少趣味を以て拝観致し居り 今後両回の御勝負は実に帝国腕力の名誉に関する者と相心得是非共貴選手の大勝に帰する様希望致し 老婆心の発する所を書流して申進候 御笑味被下候得ば本懐の至りに御座候 不一

明治四十年十一月十三日      秋山眞之
   
慶應義塾   野球選手各位


(コメント)
秋山真之と言えば、司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」の主人公として有名であり、日露戦争の帰趨を決めた、日本海海戦の時の連合艦隊の作戦参謀として知られている。NHKで12月に「坂の上の雲」のドラマが放映されているので、最近は知名度が上がったようだが、日本人が誇っていい軍人の一人であることは間違いない。

少尉候補生時代、後輩から「猛勉強しているわけではないのになぜいつも成績がトップなのか?」と聞かれた真之は「過去の試験問題を参考にすることと、教官のクセを見抜くことだ。また必要な部分は何回も説明することから試験問題を推測できる」と答えたエピソードがある。言うのは誰でも簡単だが、実際に真之は海軍兵学校を首席で卒業しているので、やはり頭の出来が違ったのだろう。

幼少の頃は腕白なガキ大将だったらしく、多くの子供を引き連れて戦争ごっこをするにとどまらず、本を参考に花火を作って打ち上げたりするほどだった。あまりにも腕白が過ぎるため、母親の貞は「お前も殺して私も死ぬ」と言って涙を見せるほど手を焼いたと言われている。実兄である陸軍大将の秋山好古も、ロシアのコサック兵を破った名軍人だが、日露戦争での日本の勝利は秋山兄弟の活躍を抜きには語れないように思う。

褌論は、明治大正期の優秀な軍人らしく、文語体を織り交ぜた教養豊かな文章で書かれており、正直、現代の日本人にはやや読むのが難しいが、要約すると「ヘソの2寸下(約6センチ下)を適度に褌や帯で締めれば、頭に血が上ることなく気力や知力を適宜自由に発揮出来、体力は増加し、普段は三度失敗しているようなものでも、二度の失敗で済むようになる」ということに尽きる。真之の褌論を参考にした慶大野球部は最終戦で見事に勝利出来たようだが、真之直筆の褌論は戦災で焼けてしまい、残念ながら原文は残っていないそうである。

試しに不要な安物のネクタイなどを利用して臍下2寸を締めてみると、なるほどなかなか具合がいい。現代の日本で普段からフンドシを締めろというのは無理な話だが、丹田の鍛錬や実生活にいろいろと応用は利くと思うので、是非参考にしていただきたいと思う。妊娠中以外なら女性がヘソの下2寸を締めても問題はなく、同様の効果が期待出来ると思うので、女性の方も参考にしていただきたい。


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