fc2ブログ

日本が好きなだけなんだよ

Date : 2011年02月06日

太陽の神人 黒住宗忠

                                     人気ブログランキング

このブログで何回か書いたことがあるが、自分は思想的には神道で、葬式は真言宗の、いわゆる神仏習合的な日本人であり、特定の宗教団体に所属しているわけではない。今回紹介する黒住宗忠は、幕末明治期に起こった神道系の宗教である黒住教の開祖とも呼ばれる人物だが、当然、自分は黒住教にも所属しておらず、純粋に黒住宗忠という人物を賞賛し、当ブログの読者に参考にしていただきたいために今回の記事を書くものである。

黒住宗忠
太陽の神人とも呼ばれる、日本屈指の偉人 黒住宗忠

黒住宗忠は、江戸時代の安永9年11月26日の冬至の日に、備前国(岡山県)御野郡中野村の神社の禰宜(神職)の家に三男として生まれた。備前藩から表彰されるほどの親孝行であった。「黒住の孝行息子」と呼ばれるほどの評判だったが、文化9年(1812年)8月、実母が腹痛のため寝込んでしまい、次いで実父も同じような腹痛となり、相次いで世を去ってしまう。孝行息子だった宗忠は、極度の絶望状態に陥り、肺結核と思われる病となって寝込んでしまった。

文化11年(1814年)11月11日、最早最期と覚悟した宗忠は、せめて最後に朝日を拝もうと思い、冬至の朝の太陽を浴びるが、その時、天照太神と同魂同体となるという「天命直授」と言われる不思議な体験をし、その後、三日間、世の中が面白おかしくなって笑い続けたと伝えられている。この時病気も快癒したが、病気が治ったと思ったら頭がおかしくなったのかと家人が心配したらしい。

こんな面白おかしいおかげ(ご利益)を独り占めするのは大神様に申し訳ないと、様々な宗教的活動を始めた宗忠だったが、その不思議譚は宗忠の家の女中の猛烈な腹痛を 患部をさすって「ふっ」と息を吹くだけで治すという奇跡から始まる。腹痛を治してやった女中の口から噂が広まり、多くの病人が宗忠の元に集まってきたが、そのほとんどをさすって「ふっ」と吹くだけで治したと言われ、死んだと思われた人間が目を覚ました例もあったという。

宗忠の宗教的な活動は、人々の前で講話をすることが中心であったが、この講話の最中にも不思議なことが続出し、病人が治ってしまったというようなことが毎回のように起こったといわれている。後に高弟の一人となる赤木忠春は、眼病を患い失明していたが、家人に連れられて宗忠の講話を聴きにきて視力が回復し、その場で弟子入りしてしまっている。

宗忠の教えを簡単に歌った歌がある。

「有り難き また面白き 嬉しきとみき(三つのき)を備うぞ誠なりけれ」

本当の誠というのは、心の中に感謝の心と面白いという心と、嬉しいという心が絶えず湧いてくるような状態を指すということらしい。

宗忠の教えは朝日を拝む日拝が基本であり、恵みの母である太陽(天照大神)の御神徳を我が身にいただいて、「有り難き また面白き 嬉しき」の誠で過ごせるようにすることである。

朝日を拝む方法は、古くから開運長命の方法として知られ、江戸時代の観相家の水野南北なども言及している。また、太陽の光を浴びることにより、免疫力が強くなり、ホルモンバランスなども正常化することが知られている。地球上の生命の9割以上は太陽の恵みで生きており、太陽の光→植物→動物→人間という流れを見れば分かるように、人間の日々の食事は太陽の光が形を変えたもの、と言えなくもないわけで、朝日を感謝して拝むという行為は、道徳的、宗教的にも理にかなった行為と言えるのかもしれない。

氏神、産土神などに対してもそうだが、神仏に対して人間以下の対応、たとえばお願いごとをしておいて御利益があったとしても御礼も言わない、などという行為は、あまり感心しない。まして日々、悪人、善人にかかわらず、地球上の生命が生きていくための日光を絶えず恵んでくださる太陽を ヘリウムのガスの塊云々とみなして無視しても良いものかということである。

確かに科学的にはヘリウムのガスの塊云々なのかもしれないが、霊的には太陽の徳は計り知れないものがある。

「天照す神のみ徳を知る人は 日月とともに生き通しなり」
「天照す神のみ徳を知る時は 寝てもさめても有難きかな」

上の歌は、宗忠が遺したものだが、霊性の向上、魂の向上は太陽の徳を知ることから、と言っても過言ではないのかもしれない。日本の国旗である日の丸は朝日をモチーフにしたものであり、古来より日本人ほど太陽を拝んできた民族も珍しいに違いない。「お天道様が見ている」といって善行や勤労に励んできたのが伝統的な日本人の姿なのである。

現在のカルト宗教などを見てみると、太陽の威徳を理解出来るほどの教祖は誰一人としておらず、全員が自分と同じ凡人であると断言することが出来る。自分も含めてだが、大部分の人間が太陽の有り難みを感覚的に理解出来ていない霊的には程度の低い人間であるということである。学歴や社会的地位などが重要になる現在の日本社会だが、太陽の力の前では、人間などは地球の表面に住み着いた虫レベルの存在に過ぎない。物知りな虫や生活の豊かな虫、貧乏な虫、不運な虫など、様々な虫が地球上に存在しているが、太陽から見れば全て同じ虫にしか見えないだろう。

今でも日本人の間では、初日の出などを「ご来光」として拝む習慣があるが、あの有難いと思う気持ちを持ちながら、毎日の朝日を「ご来光」として拝めれば、宗忠の達した境地に少しは近付けるに違いない。

宗忠の教えは、当時の皇室や公家の中に帰依する者が多く、宗忠の死後、文久2年(1862年)2月25日に京都神楽岡に宗忠神社が創建された。宗忠神社は慶応元年(1865年)4月18日、孝明天皇の勅願所となっている。このこと一つをとってみても、黒住宗忠の奇跡や伝説が決していい加減なものではないことが理解出来るだろう。

現代の世界はいわば「お金が神」の社会だが、それを否定するつもりは全くない。事実、お金も神の働き、ありがたい恵みの一つであるからである。お金があれば楽が出来るし、良い家に住んで良い暮らしが出来る。うまいものも食えて異性にももてる。現代社会の魔法がお金であり、それは動かしがたい真実だからだ。だが、人間社会の繁栄は太陽の恵みあってのものであり、太陽の光がなくなれば、地上の生物が死滅し、お金の存在も全く意味がなくなる。

お金も有難いが、それ以上に有難いのが太陽であり、朝日を拝むことであなたの人生は、今までよりちょっとだけ豊かになるかもしれない。

民主党政権や皇室の問題、反日マスコミの支配など、書くべきことは多々あるのかもしれないが、仕事が忙しく更新が厳しい日が続いている。正直、日本の将来について、とても楽観的な気分にはなれないし、暗い世相ばかりが目に付くが、そんな中でも宗忠の教えは参考になることが多い。読者の皆さんの何かの役に立つかと思い、今回の記事を書いてみた次第。諸氏の今後の参考になれば幸いである。

宗忠神社
宗忠を今も祀る宗忠神社



                                人気ブログランキング
スポンサーサイト



アマゾンが送料無料

東京裁判の真実を映画化

最新記事

カテゴリ

最新コメント

最新トラックバック

リンク

プロフィール

まさやん

Author:まさやん

カレンダー

01 | 2011/02 | 03
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 - - - - -

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

Access Counter

RSSリンクの表示

おすすめの書籍1

おすすめの書籍2

アマゾンでお買い物

Top